UA-40544780-1

~江戸小紋の職人の技 & 伊勢型紙の職人の技~

江戸小紋の染色工程、型紙の作成や江戸小紋の歴史などをご紹介いたします。

1. 色糊の調整

01.jpg色糊は染め上がりの出来栄えを左右する大事なもの。地色と目色があり、はじめに糯粉と米ぬかを混ぜて蒸し、よく練った元糊に染料を入れ、試験染めをしながら慎重につくります。


2. 型付け

02.jpg長板に白生地を張り、その上に型紙を乗せ、ヘラで糊を置いていきます。型紙の彫りぬかれた部分だけ模様が生地に型付けされます。染の最も重要な部分です。


3. 地色染め

03.jpg糊が乾いたところで、生地を板からはがし、染料の入っている地色糊を生地全体に平均に塗り付け地色染めをします。これを「しごき染め」とも言います。


4. 蒸し

04.jpg地色糊が乾かないうちに蒸し箱にいれ摂氏90度~100度で30分間蒸します。糊の中に入っている染料を生地に定着させるためで、蒸し加減は熟練を要します。


5. 水洗い

05.jpg蒸し上がった生地を水槽に入れ、糊をふやかし丁寧に糊を水で洗い流します。昔はこの作業を川で行っておりました。


6. 天日干し

06.jpg水洗いされた生地を乾燥させ、湯のしで生地の幅を整えます。


7. 地直し

07.jpg湯のしあがった生地を検反します。型つぎの部分やヘラムラなどを筆に染料をつけて直していきます。


突彫(つきぼり)

08.jpg伊勢型紙において、錐彫とともに最も古い技法のひとつ。地紙6枚を重ね、四辺をこよりで留めたものに、刃先を前に向け左手の親指をそえて、上下に刃を突き刺すように彫り進んでいくため、桐の一枚板に穴を開けた敷板(穴板)を用いる。曲線や鋭角的な切り込みも彫ることができるので、長板中形や友禅模様など、絵画的な柄の型紙に用いられることが多い。手前から奥へと掘り進む突彫の描く線は微妙な揺れを見せ、それが機械などでは出しえない味となっていく。

錐彫(きりぼり)

09.jpg突彫と同じく、型紙の彫法としては最も古くから行なわれている技法。針のように細かい半円形の刃物を型に垂直にあて、左手の指先で回転させることにより、子孔を彫りぬく。「小紋三役」と呼ばれる、鮫、行儀、通し小紋は一見単純な文様であるが、それゆえ彫りむらが目立ち、もっとも高度な技術と修練を必要とするものである。ただ彫が細かいだけでなく、錐彫した粒(皆目)の揃いが肝要である。また粒がよく詰まり、全体として白っぽく見える「白目」と呼ばれる状態のものが品格があり、洗練された型とされる。


道具彫り(どうぐぼり)

10.jpg別名「ごっとり」とも呼ばれ、江戸時代末期に盛んに用いられた技法。刃先が桜や梅、丸や三角、菱形などの形をした道具を地紙に垂直に押し当て、一突きで文様を彫りぬく。1枚の型紙に何種類もの道具を組み合わせることで、整然とした文様を彫り出す。通常、道具彫に使う道具は、彫師自ら制作するが、親や師匠から受け継ぐことも多い。彫りぬかれた地紙屑の小片(目くそ)は、刃先から筒状の内部を通りおしだされていくため、刃の切れ味はもちろん、刃の内部の工夫が重要である。


縞彫(しまぼり)

11.jpg突彫と異なり、刃を手前に引くことにより文様を刻むため「引彫」とも呼ばれる。後に糸入れを行なうため、生紙を用い、1枚を2枚に剥ぎ、それを6組12枚重ねて四辺をこよりで留め、朴材の1枚板の敷板(ほおいた)を下敷きに彫刻する。あらかじめ、上型に彫る縞筋の目印をつける割付を行い、小刀の刃を軽くつぶした「星目突」という道具で(点)を打ち、断面がかまぼこ形に湾曲した薄い鋼の定規をそれにあて、右側から一気に彫り進める。1度彫り始めると彫りあがるまで数時間は席を立つことができない。また1人前の職人になるまで10年かかるといわれる。


糸入れ

12.jpg起源は不明であるが、文化、文政期(1804~30年)に行なわれていた。極細の縞彫や地白の大きな絵柄を突彫した型紙の補強法。主に女性によって行なわれてきた。上紙と台紙の2枚に剥がされた型紙の間に、縦横、斜めに張り渡した生糸を挟み入れ、再び柿渋で手早く貼りあわせ、余分な柿渋を強く息を吹きかけ飛ばす。生糸は極細の春繭の二十一中、柿渋は5年枯らした5度の濃さのものを用いるなど、材料を吟味する。また、極めて細い生糸を使うため風を嫌い、接着剤となる柿渋が温湿度の変化に非常に敏感なため、作業を行なう季節、時間に制限がある。作業を始めると数時間は席を立つことができない。1921年大正10年頃に「紗貼り」の技法が考案されてからは、極めて細やかな縞彫など、特殊な場合に限られて行なわれている。


江戸小紋の歴史

13.jpg江戸小紋のルーツは、遠く室町時代にさかのぼりますが、当初はもっぱら武具である鎧の革所や家紋などに用いられていたもので、武具の日常着など、衣服にも染められるようになったのは室町の後期と推定されています。技術的に発達し、広く普及したのは江戸時代はじめ、武士の礼装である裃の染がおこなわれるようになってからです。やがて、江戸時代の中期町人文化の発達とともに、小紋は身分や時代を超えて一般的の人々に愛されるようになり、今日にいたっております。長い伝統に培われた感覚と技術が優秀な後継者たちによって受け継がれています。


両面染めの技術

14.jpg江戸小紋 両面染めのルーツは夏の着物の「絽」に始まります。一枚の生地に両面、柄違い、色違いで染めるところから始まりました。絽の生地は薄く透けるために高い技術が必要とされます。江戸小紋染め特有の「しごき染」による染色技法によって両面染が実現いたしました。

「糊」を使って染色する「しごき染」は生地の表面だけを染め上げて乾かします。
表面を完全に乾かしてから裏面を同様に染め上げることで色写りさせない事が出来るのです。手染めならではの技術と言えます。